さいたま国際音楽コンクールの審査でした
先日は、さいたま国際音楽コンクールが開催され、今年も審査員を務めさせていただきました。
予選の動画審査も含めると、本当にたくさんの方の演奏を聴かせていただく機会となりました。子どもから大人まで、さまざまな年齢、さまざまな楽器の演奏を聴くことができ、審査という立場ではありますが、自分自身にとっても大変勉強になりました
このコンクールには、できるだけ多くの方に「コンクールという舞台」を経験してもらいたい、という考えがあります。そのため、楽器による制限はほとんどなく、基本的には年齢などによってカテゴリーが分かれています。
その中でも、このコンクールの特徴のひとつが「プライマリー部門」です。
これは、「人生で初めてコンクールを受ける小学生までの方」を対象とした部門です。
普通、コンクールでは「今回が初めてかどうか」で部門を分けることはあまりありません。しかし、コンクールというものは、普段の発表会などとは少し違った独特の緊張感があります。
「コンクールに出てみたいけれど、出るのはちょっとハードルが高い……」
という方にとって、その最初の一歩を少しでも踏み出しやすくするために設けられているのが、このプライマリー部門です。
必然的に、比較的年齢の低い出場者が多くなります。
ところが、今年のプライマリー部門の皆さんは、非常に落ち着いていました。
もちろん緊張していることは伝わってきます。それでも、舞台上で堂々としていて、良い意味で「初々しさ」があまりないのです。
「本当に初めてコンクールに出るのかな?」
と思うくらい、しっかりと演奏している方が多く、とても感心しました。
同じような年齢層で、コンクールへの出場経験がある方を対象とした「ジュニア部門」と比べても、それほど大きな違いを感じないほどでした。
初めての舞台であっても、これだけ堂々と演奏できるのは、それまでにしっかり準備してきたからこそだと思います。
今回、私が担当したのは、プライマリー部門、ジュニア部門のほか、大学生から大人までの「一般部門」、そして中学生・高校生を対象とした「ユース部門」の予選でした。
本選まで進まれる方々ですから、当然ではありますが、皆さんとてもよく準備されていました。
子どもから大人まで、演奏が大きく崩れてしまうような方もほとんどおらず、全体的に非常にレベルの高い演奏が多かったと思います。
その中で、審査員の先生方との話題に何度か出てきたのが、「ホールで演奏することへの対応力」でした。
予選では動画による審査があります。
その映像では、とても素晴らしい演奏をされていて、たくさんの演奏を聴いた中でも特に記憶に残っている方がいました。
ところが、本選のホールでの演奏になると、予選のときほど点数が伸びない。
もちろん、コンクール本番ですから、緊張もあります。
これは当然のことです。
ただ、それ以外にも「その場で自分が演奏している空間を意識できているか」という問題があります。
特にコンクールでは、事前に本番と同じホールで十分なリハーサルができるわけではありません。
普段練習している自宅やレッスン室と、本番のホールでは、音の響き方がまったく違います。
ですから、ある程度は、
「普段の練習場所よりも、きっとよく響く場所で弾くことになる」
ということを想定して準備しておくことも大切だと思います。
そして実際に舞台へ立ったときには、今自分がどのような空間で演奏しているのかを感じながら、音を出していく。
これは、単純に「大きな音を出す」ということではありません。
自分の出した音がホールの中でどのように響いているのかを感じ、その響きを利用しながら演奏することです。
小学生であっても、細かいパッセージを非常に達者に弾ける方がたくさんいます。
指もよく回るし、音符もきれいに並んでいる。これは大事なことですし、素晴らしいことです。そのレベルまでに至らない人の方が多いのですから。
ところが、ホールで響きをうまくコントロールできていないと、せっかく弾いている細かい音が客席では埋もれてしまうことがあります。
演奏者本人としては一音一音しっかり弾いているつもりでも、客席で聴くと全部がひとまとまりになってしまい、不明瞭で音の粒が見えなくなってしまう。
これは非常にもったいないことです。
「こんなに上手に弾けているのに、客席ではそれが十分に伝わっていない」
という感じる場面が、今回も何度かありました。
普段の練習では、どうしても「正確に弾く」「間違えない」「テンポを安定させる」といったことに意識が向きやすいものです。
もちろん、それらは非常に大切です。
しかし、コンクールの本選のようなレベルで演奏するのであれば、本番の舞台では、それだけでは十分ではありません。
もうひとつ、今回感じたのが「安定感と表現のバランス」です。
コンクールですから、当然、ミスを減らして安定して演奏することは重要です。
しかし、「絶対に間違えないように」と考えるあまり、演奏そのものが小さくまとまってしまうことがあります。
個人的には、今回何人か、多少のミスがあったとしても、それがほとんど気にならないくらい素晴らしいと感じた方がいました。
なぜかというと、そこに「自発的な表現の発露」があったからです。
「ここはこう弾きたい」
「この音をこう聴かせたい」
「このフレーズはこう歌いたい」
というものが、演奏者自身から伝わってくる。
その結果として、多少の音の傷があっても、それ以上に「この人は何を伝えたいのか」がはっきりと感じられるのです。
もちろん、表現というものは、
「表現してください」
と言われてできるものではありません。
先生から「もっと表現して!」と言われたからといって、急に自分の中から表現したいものが湧き出てくるわけでもありません。
やはり順序としては、まず自分の中に、
「こう弾きたい」
という欲求がある。
その次に、それを実際の音にするための「技術」が必要になる。当然、「思っている」だけでは(ほとんど)音にはなりません。
では、その「こう弾きたい」という欲求は、どうやって生まれるのでしょうか。
これも一つの方法だけではないと思いますが、やはり、いろいろな音楽を聴くこと、いろいろな人の演奏を聴くこと、そして自分自身の演奏を聴くことが、その下地になっていくのではないでしょうか。
同じ曲でも、演奏する人によって全く違って聞こえる。
「この人の演奏は好きだな」
「この弾き方は面白いな」
「自分ならこうしたいな」
そんな経験が少しずつ積み重なって、自分の中の「音楽をこうしたい」という感覚につながっていくのだと思います。
もちろん、誰もがすぐにそう思えるわけではありません。
「いろいろ聴いているけれど、特に自分がどう弾きたいのか分からない」
ということもあるでしょう。
それはそれで、焦る必要はないと思います。
音楽を続けていく中で、ある日突然、
「ここはこうしたい」
と思える瞬間が出てくることもあります。
今回のコンクールでは、小学生の中にも、すでに自分自身の中に「こう表現したい」というものがあり、それがある程度、実際の音として出ている方が何人かいました。
これは本当に感心しました。
コンクールは、ただ舞台に立って最後まで弾くだけでも大変なことです。
その上で、自分自身の音楽を客席まで届けることができる。
そういう方は、子どもから大人まで、結果的に入賞されていたような印象があります。
最後に、少し余談です。
審査員の先生方との雑談の中で、ある先生が子どもの頃のお話をしてくださいました。
その先生は9歳くらいまで、ほとんど楽譜が読めなかったそうです。
先生の弾くところを見て、真似をして弾いていた。
つまり、曲そのものはかなり難しいものを弾いているのに、楽譜を読むことはできなかったわけです。
ところが9歳の頃、あるコンクール会場で別の先生から、
「それではダメだ。先生を変えなさい」
ということを言われ、それをきっかけに先生を変えたそうです。
そこから楽譜の勉強を始めることになった。
当然、それまで難しい曲を弾いていたところから、いきなり「大きなオタマジャクシ」が一つずつ書かれているような教材に戻って勉強しなければなりません。
これは、子どもにとってなかなか大変です。
今までコンクールで弾けるような曲をやっていたのに、突然、
「これはド」
「これはレ」
「この音符はこう読みます」
というところからやり直す。
このギャップは、かなり危険です。
曲は難しいものを弾けるのに、読譜のためには非常に簡単な教材を使わなければならない。
すると、子どもによっては「つまらない」と感じてしまいます。
あるいは、それまで難しい曲を弾いてきたというプライドがある分、「こんな簡単なものを今さら……」という気持ちになってしまうかもしれません。
そして、そこで嫌になってしまう。
その先生の場合は、そこで投げ出さず我慢して続けたからこそ、今があるのだとおっしゃっていました(ちなみに、先生を変えてからしばらく音階と基礎練習しか弾かせてもらえなかったようです)。
その話を聞いて、先生方の間でも、
「やっぱり、こういうギャップができてしまう前に、少しずつでも楽譜は読めるようにしておいたほうがいい」
という話になりました。
楽器の演奏技術と読譜の能力は、必ずしも同じスピードで身につくわけではありません。
耳で覚えて弾くことも、もちろん大切な能力です。
特に小さい子どもにとって、耳で音楽を覚え、先生の演奏を真似して弾くことは、音楽を身につける上で決して悪いことではありません。
ただ、演奏する曲がどんどん難しくなっていくのであれば、それに合わせて少しずつ楽譜を読む力も育てておいたほうが、後々の負担とリスクはずっと少なくなります。
今回のコンクールでは、「舞台で演奏する力」「ホールの空間に対応する力」「自分の音楽を伝える力」など、いろいろなことを考えさせられました。
そして、それらは本番直前に急に身につくものではありません。
普段の練習の中で、正確に弾くことだけでなく、どんな音を出したいのか、どのように聴かせたいのか、そして自分の音がどこまで届いているのかを少しずつ考えていく。
そうした積み重ねが、いざ舞台に立ったときの「演奏する力」につながっていくのだと思います。
今回参加された皆さんも、本当にお疲れさまでした。
結果に関わらず、コンクールという普段とは違う環境で、自分の演奏を人前に出したという経験そのものが、これからの大きな財産になると思います。
そして、今回聴かせていただいたたくさんの演奏から、私自身もまた多くのことを学ばせていただきました。
審査員という立場ではありますが、こうしてたくさんの演奏を聴くことは、指導する側にとっても非常に貴重な経験です。
これからのレッスンでも、今回感じたことを少しずつ生徒の皆さんに還元していければと思っています。
部門の審査員長として、僭越ながら総評を述べさせていただきました。
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